知ればもっと面白い!『太宗イ・バンウォン』の背景

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KNTVで2022年10月より日本初放送となる『太宗イ・バンウォン』は、朝鮮建国に尽力し、王朝の礎を築いた太宗〔テジョン〕=イ・バンウォンの半生を描く骨太な本格時代劇。タイトルロールをチュ・サンウクが熱演し、父との葛藤、兄弟同士の骨肉の争いなど、さまざまな人間模様を繰り広げる。

激動の時代をドラマティックに活写しているが、そのストーリーは歴史的事実に基づいている。『太宗イ・バンウォン』に登場する重要な史実、「威化島回軍」「第一次王子の乱」「第二次王子の乱」を解説しよう。背景を知ると、より物語の理解が深まり、ドラマを楽しめるはず!

イ・バンウォン(チュ・サンウク)の半生を通し、朝鮮王朝の始まりを描く『太宗イ・バンウォン』 Licensed by KBS Media Ltd. ⓒ2021 KBS. All rights reserved

 

イ・ソンゲが実権を握る契機に ― 威化島回軍

『太宗イ・バンウォン』の冒頭に描かれるのが、威化島〔ウィファド〕回軍。高麗滅亡のきっかけとなった決定的な出来事で、イ・ソンゲ〔李成桂〕による実質的なクーデターである。

1388年、明が高麗に対して領土の割譲を求めてきた。しかし、ウ王は反発し、逆に遼東地域を占領することに決定。ソンゲに出兵を命じる。ソンゲは、小国は大国に従うべきなどの理由を挙げて反対するが、受け入れられなかった。ソンゲ率いる遠征軍は鴨緑江の中州にある威化島まで進軍するが、大雨による増水で足止めを食らい、さらには兵糧も届かず、ウ王に撤退を進言するが、認められない。苦慮の末、ソンゲは王命に背いて兵を引き上げる。これが「威化島回軍」である。

開京〔ケギョン/高麗の首都〕へと引き返してきた遠征軍は、反乱軍とみなされ、内戦を繰り広げる。そこで勝利を収めたイ・ソンゲは、ウ王を退位させる。

こうしてソンゲは高麗の実権を握り、1392年、自ら即位し、朝鮮王朝を築いた。

功臣だったイ・ソンゲが高麗を滅ぼし、自ら朝鮮を建国する Licensed by KBS Media Ltd. ⓒ2021 KBS. All rights reserved

 

後継者をめぐる兄弟間の争い ― 第一次王子の乱

朝鮮の王となったイ・ソンゲ=太祖は、溺愛するイ・バンソク〔李芳碩〕を後継者に決め、チョン・ドジョン〔鄭道伝〕を教育係にした。まだ幼かったバンソクは、第二夫人の子で、末っ子の八男。イ・バンウォン〔李芳遠〕にとって異母弟にあたるが、これがバンウォンの逆鱗に触れた。

バンウォンとドジョンは、かつては志を共にしていたが、この頃には政治的に対立していた。儒教に基づく国づくりを目指すドジョンに対し、バンウォンはそれが王権の弱体化につながると危惧していたのである。

1398年、バンウォンはドジョンが自分たちを排除しようとしているとして挙兵。兄たちと結束し、ドジョンら重臣とバンソク、さらには七男のイ・バンボン〔李芳蕃〕までも殺害した。これが「第一次王子の乱」だ。

その後、太祖は譲位。臣下の反発を考慮したバンウォンはあえて王位に就かず、次男のイ・バングァ〔李芳果〕を即位させる(長男イ・バンウ〔李芳雨〕はすでに病死していた)。バンウォンは実質的な権力を掌握し、王権強化を推し進めていった。

政敵をことごとく排除し、権力を掌握するイ・バンウォンだが… Licensed by KBS Media Ltd. ⓒ2021 KBS. All rights reserved

 

権力を掌握する弟に兄が反旗 ― 第二次王子の乱

バンウォンは王権を脅かすことにもなりかねない王族の私兵を撤廃しようする。これに危機感を募らせたのが、兄であるイ・バンガン〔李芳幹〕。野心があり、弟バンウォンへの不満も抱えていた。そして1400年、私兵を動員してクーデターを起こす。これが「第二次王子の乱」だ。

しかし、バンウォンは瞬く間にこれを鎮圧。バンガンを流刑に処した。

こうしてバンウォンに対抗できる勢力はなくなり、同年、バングァ=定宗から譲位される。ついにバンウォンが王位に就き、太宗として王権を磐石なものにしていくのである。

 

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